ダルマ伝説2
第1章 「プロローグ 〜 ダルマニア帝国の平和」
「今年の夏は暑くなりそうだな…」
初夏のよく晴れ渡った空を見上げ、農夫は呟いた。

ダルマニア歴151年。ダルマニア帝国が戦いに明け暮れた日々は過去のものとなっていた。
帝国の皇帝ダルマニウス8世は芸術を愛し、また民も平和な世を謳歌していた。だれもが自由を享受していた時代。 ただ1人を除いては…。
第2章 「シッダルマ王子とダルモニ姫の恋」
「これで婚約成立ということでよろしいでしょうか?」
大臣のダルマヴィヴァ卿は念押しした。
「あぁ…。シッダルマ王子よ、ダルマッチと幸せになるがよい。これで私も安心して皇帝を引退できる。」
ダルマニウス8世は玉座から2人を見下ろした。
この1か月で婚約話はトントン拍子にまとまった。皇帝の後継者であるシッダルマ王子の結婚相手として、大臣が娘のダルマッチを推したのだ。
「…ありがとうございます。幸せになります。」
ダルマッチは微笑んだ。

ダルマニア帝国では年初に近隣諸国の王族を招いて祝宴を行うのが慣わしとなっている。昨年は建国150年ということも手伝って、多くの人々が城に招かれ、三日三晩祝宴が繰り広げられた。
そして、その来客の中に彼女はいた。
シッダルマ王子はその美しい女性の姿に一瞬で心を奪われた。
また女性も凛々しき王子の姿に心を躍らせた。 二人が恋に落ちるには、そう時間はかからなかった。
女性の名前はダルモニ。 隣国のダルマヌガラ王国の姫であった。
以降、王子は隣国の視察という名目のもとに、しばしばダルマヌガラ王国を訪れ、ダルモニ姫と愛を語ることとなる。
しかし、王子のそのような行動を皇帝が快く思うはずもなく、側近の者へと不満はぶつけられた。
「よりによってダルマヌガラの姫とはな…。我が強大なる帝国が今さら他の国と…ましてやダルマヌガラのような弱小国と繋がりをもったところで意味もあるまい。それにあの凛としていたシッダルマが今では腑抜けのようになっとるのが心配じゃわい。 いったいどうしたものか…。」
それを聞いたダルマヴィヴァ卿は進言した。
「陛下、ここは王子に早々にこの国の娘と結婚していただくのがよいかと…。
さすれば王子も隣国の姫にうつつを抜かすことも無くなりましょう」
第3章 「国を捨てる王子」
「教皇様、私はあの婚約には納得できません! 愛してもいない者と結婚なんて…。」
夜中、しんと静まりかえった教会の中をシッダルマの怒号が響き渡った。
「シッダルマ様、教皇の私としては何ともお答えできませぬ。 しかし、貴方様を幼き頃から見守ってきた一個人としましては、貴方様に全てにおいて幸せになっていただきたいのも事実でございます。 最近は私の発言力も衰えてはおりますが、少しはお力になれるやもしれません。 少し時間をいただけませんかな?」
そう言って教皇は王子をなだめた。

「ステファノよ、要はこの婚約を破棄してくれと? いくら教皇の頼みとはいえ、それは無理な話だな。」
ダルマヴィヴァ卿の顔は、夕日に照らされ、よりいっそう紅潮しているように見えた。
無理もない話である。 次期皇帝の義父となり、自らの力を更に強めるチャンスをフイにはできない。
「そう言うとは思っていたよ。 しかしまぁアレだ。 お前さんとしては娘の幸福よりも自らが権力を得る事の方が大事なのではないかな?」
「・・・」
「そういう事であれば、全て丸く納まる方法があるのだがな…。」
そういって教皇は大臣に耳打ちした。

再びシッダルマが教会を訪れたのは1か月後のことであった。
「覚悟はお決まりになりましたかな? 王子。」
「えぇ、いろいろとお手数おかけしました。 ありがとうございます、教皇様。」
王子の表情からは期待と不安が入り交じった複雑な心境が垣間見えた。
「これからの事をご説明致します。 この地下通路は城外に通じ、ダルマヌガラとの国境付近の教会へ出ることができます。 そこで私の配下の者がお待ちしておりますので、彼らと共に国境を越えて下さい。 既にダルマヌガラの王にはしばらく王子をかくまうように依頼してあります。 先方としても我が国に取り入るチャンスと思ったのか、快諾を得ましたよ。」
教皇は続けた。
「皇帝陛下の跡を継げるのは貴方様お一人だけ…。 貴方様が永遠に帝国を去ってしまわれては、陛下も困るでしょう。 陛下に頭を冷やして戴くとともに、婚約を白紙に戻す事に対して御理解いただけるよう私から説得致します。 また、ダルマヴィヴァ卿としては不満でしょうが、それ相応の対価を与えることで納得するでしょう。 少し時間はかかるかもしれませんが、全てが上手くいきましたら、迎えの者を参上させましょう。 なぁに、このステファノ・ダルマーの名にかけて、必ず成功させますよ。」
第4章 「ダルマニアの進軍」
皇帝の声は怒りに満ちていた。
「シッダルマが国を出たというのはまことか!? どこへ行ったのだ?」
この問いかけに教皇は神妙な表情で答えた。
「申し訳ありません、陛下。 私は必死で止めたのですが、王子を止めることが出来ませんでした。 しかし、行き先は掴みました。 ダルマヌガラ王国と目されます。」
「ぬぅ、やはりダルマヌガラか…。 早速先方へ使者を出し、王子を連れ戻せ。
ただし、事を荒立てないようにな。」
だが、意外にも大臣の口からは君主の命令を覆す言葉が発せられた。
「畏れながら申し上げます、陛下。 ここは王子を拉致した…との口実をもってダルマヌガラに攻め入るチャンスにございます。 ご存じのとおり、ダルマヌガラは小さいながらも科学技術力に長け、最先端の兵器を揃えております。しかし、我が軍を大量に投入し短期決戦を挑めば一気に制圧できます。 そして、かの国の科学技術を手に入れることは、今後の帝国の利益になりましょうて。
いかがですかな、陛下?」
いきなりの進言に皇帝は躊躇した。 しかし、若干の間をおいて皇帝は口を開いた。
「よかろう。 全軍をダルマヌガラへ向け、制圧せよ。 そして、王子も必ず無事に連れかえれ。」

4日後、ダルマーヤ将軍率いる80万のダルマニア軍のほぼ全てがダルマヌガラへと侵攻した。
これに驚いたのはダルマヌガラ国王のゲオルク・ダルマーニ4世であった。
「約束が違うではないか。 一時的にシッダルマ王子を匿うだけだったはず…。
しかも我が国に王子がいる事はステファノと私しか知らない事実。 さては奴め、謀ったか?」
ダルマヌガラの首都にダルマニア軍がまさに到達せんとする時、シッダルマ王子とダルモニ姫は王に呼び出された。
「シッダルマ王子、そしてダルモニよ。 この国はおそらく数日のうちに陥落するであろう。 このまま戦ったところで市民の犠牲は増えるばかり…。 ならば、ここで潔く降伏するのが最善の道かと思う。」
「父上…」
ダルモニ姫は涙ぐんだ。
「ダルモニよ…私の願いはお前の幸せだけだ。 シッダルマ王子と一緒にこの国を発つがよい。 我が国の友好国ダルマスタ共和国であれば、きっとよくしてくれるであろう。」
王宮の裏口から2頭の馬が飛び出すと同時に、ダルマニアの軍勢が王宮へとなだれ込んだ。
第5章 「反乱」
ダルマニア帝国の首都に清んだ鐘の音が響き渡った。
「こんな時間に教会の鐘が鳴るなんて…。 普段は正午にしか鳴らないのに…。」
夜10時、市民の疑問をよそに鐘は鳴り続けた。
永遠に鳴り続けるのではないかと思われるほど続いた鐘の音は、ふとした拍子にその音を変えた。
「合図だ、行くぞ!」
あちこちの建物の影から棒を手にした男達が静かに現れた。 続々と現れる男の群れは数十人に達し、これら全てが王宮へと足を向けた。

2時間後、王宮の広間には縄で縛られた皇帝そして大臣が転がっていた。
「いったいお前達の目的はなんだ? 王宮の警備をどうやって潜り抜けた?
あぁ、もう何がどうなっているのかさっぱり分からんわ!」
皇帝の苛立ちは頂点に達していた。
「それは私から御説明致しましょう、陛下」
黒装束の者達を周囲に従え、男が現れた。ステファノ教皇であった。
「ここ最近、教会の権威は地に墜ちていましてなぁ。 これは民衆の信仰心の低下もさることながら、政から教会を弾き出す皇帝陛下のやり方が最たる理由かと…。 まぁ今回せっかく機会を与えていただいたことですから、教会の権威回復のためにあなた方には殉教していただこうかと思いましてな。 おっと、その前に…」
そう言って教皇は大臣に向かって剣を振った。
「なっ!?」
皇帝は全てを理解し、唖然とした。
切られたのは大臣を縛り付けていた縄だけであった。
「そういうことです、陛下。 政には王侯と我が教会の双方が必要ですからな。
陛下の代わりにはダルマヴィヴァ卿に就いていただくとしますよ。 陛下の跡取りもこの国にはいらっしゃらないようですのでな。 はっはっはっは。」
「くそっ、大臣。 お前もこいつの策にのったのか!!」
大臣は無言で剣をとり、素早く剣を振った。
ゴトンという音とともに、大理石の床に首が落ちた。

「やだなぁ、陛下。 私はこんな奴の策にのるほど愚かではありませんよ。」
床に転がっているのは教皇の首であった。
「そ、そうだったのか…。 そうだな、さすがはワシの信頼する家臣だ。 さ、さぁ、私達の縄も解いてくれ。」
「おっと、お間違えないよう。 教皇の策にはのっておりませんが、私自身にも策というものはありましてな…。
最初は娘を差し出し、間接的にでも権力を得るつもりでしたが気が変わりましたよ。 あのバカ王子がいい役割を果たしてくれたおかげで、直接この国を支配できそうですな。」
「なっ!?」
皇帝はまたしても唖然とした。
「まぁ、私もそこまで悪人ではないですよ。 陛下の命までは取らずにおきましょう。 明日の寝覚めが悪そうですからね。 しばらくゆっくりお休み下さい。
さぁ、連れて行け!」
いつのまにか黒装束の男達を全て倒していた警備兵が皇帝を牢へと導いていった。
「さて、あとは皇帝派の一掃だな。 もうすぐ皇帝派の将軍達がダルマヌガラから帰ってくるだろうが、決して城内には入ることはできまいて。 なぁダルマッチ。」
いつのまにか傍にいたダルマッチは微笑んだ。
第6章 「軍の帰還」
ダルマヌガラを制圧した軍はシッダルマ王子を必死で捜していた。 しかし、その行き先を知る者はダルマーニ王以外におらず、また王も口を閉ざしたままだったため、捜索は難航した。
そんな中、将軍ダルマーヤの元へダルマヴィヴァ卿から書簡が届けられた。

親愛なるダルマーヤ将軍
非常に残念な事に皇帝はお亡くなりになった。
そして、後継者の王子が行方不明の今、当面は私が国を治めることとなった。
そこでさっそく命令だが、君達の軍を20に分け、国境付近の警備をやってもらいたい。期限は無期限だ。
なお、城に戻ってくる必要は無いのであしからず。
もっとも城に入れればの話だがな。
ダルマヴィヴァ

謀叛が起こったことを直感的に感じ、怒りに震えた将軍は書簡を破り捨てた。
「全軍引き返すぞ」

ダルマニア軍が国に戻ったのは、書簡が届いて3日後の事であった。
「ダルマヴィヴァよ、城はすぐに奪還してやるぞ。 城の中にいるのは大臣直轄の部隊200人のみ。 この軍勢で攻め入れば、制圧に1時間もかからぬわ。」
将軍のダルマーヤはいきり立った。
これに対し、ダルマヴィヴァ卿は眼下にひしめくダルマニア軍を城壁から見下ろし、娘のダルマッチに囁いた。
「ダルマッチ…いや、かの高名なる呪術師の血をひくナガト・ヒダルマーよ。 お前の力を見せてみよ。」
ダルマッチが奇妙な踊りを始めると、城門は全て閉ざされた。 さらに目に青白い光が灯ると、ダルマッチの口から爆炎が吐き出され、眼下のダルマニア兵を次々と焼きつくしていった。
「ふはははははは。 妖術を使いこなせば、金食い虫の大軍隊などいらんのだよ。」
大臣の高笑いだけが城内を響き渡った。
第7章 「王子の決断」
シッダルマがダルマニア帝国での出来事を知ったのは、それから8日後の事であった。
王子は苦悩した。
一刻も早く祖国へ戻り、事態を解決させたい。 しかし、もしもの事があったとき、ダルモニ姫を1人にするわけにはいかない…。
「シッダルマ様、行きましょう。 私もお伴します。 ダルマヌガラ、そしてダルマニアを戦火に陥れた大臣を許すわけには参りませぬ。」
「ありがとう、ダルモニ。 でも、君を危険な目に遭わせるわけにはいかないよ。」
王子は心を決めた。 ここで動かずとも大臣は自分達を消しに来るだろう。 それならばこちらから攻め入るしかない。
「必ず戻る。 待っていて欲しい。」
そう言い残し、王子は出立した。
第8章 「王子の帰還」
ダルマニアの城は熱い空気に包まれていた。
地下通路を抜け、城内へ入ったシッダルマ王子は、あまりの熱気にむせ返った。
「誰だ!?」
王子は通路出口付近を巡回していた大臣直轄の精鋭部隊にあっさりと発見されてしまった。
「王子だ、捕らえろ!!」
王子に襲いかかる精鋭部隊20人。 しかし、王子は得意の足技で次々と敵の顎を打ち抜いていった。

「シーッダルマ キック!!」
「シーッダルマ キック!!」
「シーッダルマ キック!!」
「シーッダルマ キック!!」

最後の一人を倒した時、王子の目には城壁の上から炎を吐き続けるダルマッチの姿が映った。
「ダルマッチよ、そなたの正体は呪術師であったか!」
「そうですわ、王子。 正確にはかの偉大なる呪術師の末裔ナガト・ヒダルマーにございます。」
「ナガト・ヒダルマー!?」
「あの時私と結婚していただければ、このような事にはならずに済みましたものを…。 私の熱き想いを、最期ぐらいは受け取って下さいませ、王子。」
ナガト・ヒダルマーは炎の矛先を王子に向けた。 間一髪、城壁の凹みに逃れた王子であったが、炎から逃れる術を持たない王子は窮地に立たされた。
「このまま私のものになりなさい、王子!」

「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突然、閂がかかっていたはずの城門が開き、ダルマニア軍が城内へ突入していった。
「何? 城門は閉ざされていたはず…。 何故?」
一瞬怯んだナガト・ヒダルマーの隙をシッダルマは見逃さなかった。 炎を飛び越え、空中から繰り出したキックは正確にナガト・ヒダルマーの腹部を捉えた。
「空中シッダルマ・キーーーーック!!!」
身体が「くの字」に折れ曲がったナガト・ヒダルマーは、吐き出した炎を自らの身体に浴びせかけ、その身体は紅蓮の炎に包まれた。
「私の生涯、貴方様と一緒になれなかったことだけ悔いが残りますわ…。」
ナガト・ヒダルマーは城壁から墜ちていった。
第9章 「決戦」
「やはり来たか、シッダルマ王子よ。」
玉座からダルマヴィヴァ卿は王子を見下ろした。
「その様子ではだいぶ疲れも溜まっておいでのようですな。 さて、今のうちに私がお相手するとしようか。 年寄りにはハンデをいただきませんとなぁ。」
大臣は玉座から降りつつ剣を抜くと、王子に襲い掛かかった。
「ほらほらほらほら、どうした王子。 避けてばかりでは10年経っても私を倒すことなぞできぬぞ。」
「くっ、何の。 シッダルマ・キッ…ぐわっ!」
「・・・。 そうそう言い忘れておりました。 私の剣はあらゆる攻撃を磁石のように刃に吸い寄せるんでしたよ。 あなたが蹴れば、脚を斬られる。これは最悪の相性ですな。 ふはははははは。」
必死に応戦する王子であったが、守備一辺倒で徐々に押し込まれていった。
「王子!」
そして、まさに絶対絶命に陥らんとする時、大臣の背後に2つの人影が現れた。
皇帝とダルモニ姫であった。
「…来ちゃいました、シッダルマ様」
「ダルモニ姫が私を牢から救い出してくれたよ。 城門も開放してくれたそうだ。 さぁ、この剣を使うがよい。 この国に代々伝わる『ダルマの剣』だ。」
皇帝は王子に剣を投げ渡した。 剣を受け取った王子はすかさず剣を一閃した。
「はぁぁぁあっ! 秘剣っ、ダルマ落としぃぃ!!」
キィィィィーン!!
2つの剣が吸い寄せられるようにぶつかると、大きな金属音が玉座の間に広がり、大臣の剣の刃が砕け落ちた。
「くっ、流石は剣の腕も一流ですな、王子。 だが、私の剣が折れたぐらいでは終わりとは言えませんぞ。」
「いや、終わっているさ。 ふんっ!」
シッダルマは大臣の腹部を軽く蹴った。
いつのまにか水平に4分割されていた大臣の身体から、まるでダルマ落としのように腹部だけが大臣の身体から抜けていった。
「大臣よ、貴様なら10秒でOKだ。」
第10章 「エピローグ」
事変から1か月。 ダルマニア帝国とダルマヌガラ王国の間には和平友好条約が結ばれた。
両国が負った被害は大きかったが、人々は逞しく復興への歩みを進めていた。
そして…。

「これで婚姻成立ということでよろしいでしょうか?」
大臣のダルマーヤは念押しした。
「あぁ…。シッダルマ王子よ、ダルモニ姫と幸せになるがよい。」
ダルマニウス8世は玉座から2人を見下ろした。
「ありがとうございます。 必ず幸せになります。」
王子と姫は微笑んだ。
参考文献
「ダルマニウス9世」ダルマ出版
「ダルマニア300年の歴史」ダルマ出版
「ひとりでできる古伝ダルマ武術」ダルマ出版
「ドリルで予習復習〜恋愛学」ダルマ出版
燕曹懐
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